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「負け続けた3年間」から事業を転換。カミナシ・諸岡裕人氏が見つけた勝ち筋

株式会社カミナシ 代表取締役 執行役員 CEO
諸岡 裕人氏

会社を立ち上げたからといって、最初から事業がうまくいくとは限りません。

現場DXプラットフォーム「カミナシ」を展開する株式会社カミナシ。その代表を務める諸岡裕人氏も、創業後の3年間を「負け続けた3年間」と振り返っています。

現在の事業へたどり着くまでには、家業で経験した現場の課題、創業後の苦戦、そして事業の方向性を大きく変える決断がありました。

この記事では、公開されている情報をもとに、諸岡氏がなぜ会社を立ち上げ、苦しい時期をどのように乗り越えて現在のカミナシにつなげていったのかを見ていきます。

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この記事でわかること

  • カミナシを創業した背景
  • 「負け続けた3年間」に何があったのか
  • 事業転換で変えたこと、変えなかったこと
  • 諸岡氏の経営に対する考え方
目次

01 BACKGROUND

原点にあったのは、自分自身が経験した「現場」の課題

諸岡氏は1984年生まれ。慶應義塾大学経済学部を卒業後、リクルートスタッフィングで営業職を経験し、2012年に家業であるワールドエンタプライズ株式会社へ入社しました。

そこで携わったのが、LCCの予約センターや機内食工場の立ち上げです。株式会社カミナシ | コーポレートサイト

現在のカミナシが向き合っているのは、工場や店舗、物流など、デスクの前だけでは完結しない「現場」の仕事です。

その原点には、諸岡氏自身が家業で現場に関わり、そこで働く人たちが抱えている課題を実際に見てきた経験があります。

現場で感じた課題を解決するため、2016年12月に現在の株式会社カミナシ(旧社名:ユリシーズ株式会社)を創業しました。

華やかな起業物語から始まったというよりも、自分が働くなかで感じた不便や課題が、事業を始めるきっかけになったことが特徴的です。

02 TURNING POINT

創業しても、3年間は「負け続けた」

しかし、会社をつくったことで、すぐに現在の事業が生まれたわけではありません。

創業当初に考えていたのは、IoT分野でハードウェアをつくる事業でした。

ところが市場とうまくかみ合わず、事業は思うように進みませんでした。日本政策金融公庫のスタートアップ支援サイトでは、諸岡氏自身がこの時期を「負け続けた3年間」と振り返っています。

そして状況は次第に厳しくなっていきます。

資金が残り10カ月分ほどになった2019年11月。そこで開発に取り組んだのが、後の事業の柱となる「カミナシ レポート」でした。

ここで興味深いのは、単に「諦めなかった」という話ではないことです。

うまくいかない事業をそのまま続けるのではなく、それまでの前提そのものを見直しています。

KEY POINT

変えなかったのは、
「現場の課題を解決する」という原点。

創業当初の事業が思うように進まないなかで、プロダクトや対象市場は変化していきました。一方で、現場で働く人たちの課題を解決するという出発点は、現在の事業にもつながっています。

03 DECISION

ターゲットも価格も見直し、事業の勝ち筋を考え直す

新しいサービスを考える際、当初は国内の食品製造業を対象に事業計画を立てていました。

しかし、実際の顧客像や価格を検討していくと、そのままの計画では目指している事業規模へ到達することが難しいと判断します。

そこで諸岡氏は、プロダクトの方向性を大きく変えました。

一つは、食品業界だけではなく、さまざまな業界の現場で使えるサービスにすること。

もう一つは、比較的取り組みやすい現場の課題を、導入しやすい形で解決すること。

特定の業界だけを見るのではなく、その先にいる多くのノンデスクワーカーへ対象を広げていったのです。日本政策金融公庫

この判断から見えてくるのは、最初に考えた事業に固執するのではなく、現実を見ながら事業そのものを組み替えていく姿勢です。

創業時のアイデアを守ることよりも、本当に解決したい課題は何なのかを残す。

それが、現在のカミナシにつながった一つの要因といえそうです。

04 LEADERSHIP

事業が大きくなれば、経営者の役割も変えていく

事業が成長した後のカミナシからは、もう一つ興味深い変化が見えてきます。

創業期には、諸岡氏自身に権限を集中させてプロダクトの方向性を決める局面がありました。

一方、組織が成長した現在は、逆に権限をほかのリーダーへ渡していく動きを進めています。

2025年には複数のVPを任命し、事業成長と組織拡大を見据えた権限委譲を進めました。

これは一見すると正反対です。

創業期には、自ら意思決定する。

組織が大きくなれば、任せる。

つまり、特定の経営スタイルにこだわるのではなく、会社のフェーズに合わせて自分自身の役割も変えていると見ることができます。

05 PERSONALITY

「休むこと」も経営者として考える

仕事以外の一面にも、諸岡氏の考え方が垣間見えるエピソードがあります。

2023年には、諸岡氏がサバティカル休暇を取得したことについて、Business Insiderのインタビューで紹介されています。

そこでは、ベンチャー企業の経営者自身が長期休暇を取ることや、「良い休み方」について語っています。

経営者というと、常に仕事をしている姿が注目されがちです。

しかし、会社を長く率いていくためには、働き続けることだけではなく、意識的に仕事から離れる時間について考えることも必要なのかもしれません。

事業だけではなく、自分自身の働き方も試しながら考えている。

こうした部分も、公開されている情報から見えてくる諸岡氏の人物像の一つです。

PROFILE

諸岡 裕人

HIROTO MOROOKA

株式会社カミナシ
代表取締役 執行役員 CEO

1984年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、リクルートスタッフィングを経て、2012年に家業のワールドエンタプライズ株式会社へ入社。現場での経験を経て、2016年に現在の株式会社カミナシを創業。

まとめ

諸岡裕人氏の歩みを見ていくと、現在のカミナシが一直線に出来上がったわけではないことがわかります。

家業で現場の課題を知り、会社を立ち上げる。しかし最初の事業はうまくいかず、創業後の3年間は苦戦が続く。それでも、最初のアイデアそのものに固執するのではなく、対象とする市場やプロダクトの考え方を見直していきました。

そして会社が成長すれば、自らに集めていた権限をほかのリーダーへ移していく。

そこから見えてくるのは、「最初に決めた正解を守り続ける」のではなく、状況に応じて自分たちのやり方を変えていく経営姿勢です。

「負け続けた3年間」は、現在のカミナシへたどり着くまでに必要だった試行錯誤の時間だったのかもしれません。

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